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福岡家庭裁判所 昭和43年(家)1881号 審判

〔主文〕一 被相続人松永和平の遺産を次の通り分割する。

(1) 別紙物件目録(第一表)記載の一ないし四及び七(共有持分の一)の物件は、何れもこれを申立人松永あさ、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫の共有取得とし、その持分は申立人松永あさ六分の三、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫は各六分の一とする。

(2) 同目録記載の五及び六の物件は、何れもこれを相手方安本高子、同松永利夫、同池田礼子の共有取得とし、その持分は各三分の一とする。

(3) 別紙債権表(第三表)記載の各債権は何れもこれを、申立人松永あさ、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫の取得とする。

(4) 相手方安本高子、同松永利夫、同池田礼子は、申立人松永あさ、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫に対し金四万八、〇〇〇円を支払わなければならない。

(5) 各当事者は物件目録(第一表)記載の五及び六の物件にきつ、その取得者の共有持分が前項(2)に定められたところに合致するように相互に所有権移転登記手続をしなければならない。

(6) 各当事者は物件目録(第一表)記載七の物件(一筆の土地全部)につき申立人松永あさの持分一二分の九、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫の持分各一二分の一となるように所有権移転登記手続をしなければならない。

二 本件調停、審判手続に要した費用中、鑑定費用金四万五〇〇円の内金二万七、〇〇〇円は申立人松永あさ、相手方松永浩治、同相手方松永春夫、同松永光夫の負担、内金一万三、五〇〇円は相手方安本高子、同松永利夫、同池田礼子の負担とし、その余は各自の負担とする。

〔理由〕一 本件申立の要旨

申立人の申立要旨は、被相続人松永和平は、昭和二七年六月一〇日福岡市大字○○△△△番地において死亡し、同人の遺産につき相続が開始したところ、その相続人は同人の妻申立人並びに被相続人とその先妻キミノとの間の長女相手方安本高子、同じく長男同松永利夫、同じく二女同池田礼子及び被相続人と申立人との間の四男相手方松永浩治、同じく五男同松永春夫、同じく六男松永光夫の七名であるが、被相続人の遺産としては別紙物件目録記載(1)の乃至(7)の不動産があるので、申立人は相手方らと右遺産の分割につき協議をしたが、協議が調わないので、法律の規定による正当な分割の審判を求めるというのである。

二 事件の経過

申立人は昭和四三年九月一〇日本件につき調停の申立をなし、同年一〇月二日から一二月一八日まで前後四回に亘り調停委員会の調停が行われたが、不成立に終り、本件審判手続に移行した。

三 当裁判所の判断

(1) 証拠資料について

当裁判所が以下の判断をなすにつき事実認定の資料に供したものは記録中の戸籍謄本、登記簿謄本、関係人よりの回答書、家裁調査官の調査報告書、証明書、不動産鑑定士作成に係る鑑定評価書(追加分を含む)、領収書、明細書、関係人間の往復文書、証人池田麻男、坂本明、水上一郎、安本隆生、米山宏志の尋問の結果、申立人松永あさ、相手方松永浩治、同松永光夫、同松永利夫、同安本高子の各審問の結果などである。なお資料のうち問題のあるものについては特に判文中に明示することとする。

(2) 相続開始、相続人、相続分について。

被相続人松永和平は昭和二七年六月一〇日申立人主張の場所において死亡し、同人の遺産につき相続が開始し、その相続人は申立人の主張する通り、申立人並びに相手方らを合せて計七名であり、他に相続人となるべきものはない。而してその法定相続分は申立人は九分の三、相手方らは何れも九分の一である。

(3) 遺産の範囲及びその価額について。

(ア) 不動産について。

先ず本件遺産に属するかそれとも申立人の固有財産であるかにつき当事者間に争われている物件目録記載の七の物件、即ち福岡市○○所在の山林一筆地積三六三m2(この地積については後段において言及する)の所有権の帰属につき検討する。家裁調査官の調報告書によれば、右山林は昭和一六年七月七日申立外○○土地住宅社から和平に対し代金七六九円三〇銭で売渡されたものであり、その当時登記簿上の所有名義人であつた申立外峰崎安夫から被相続人松永和平名義に所有権移転登記のなされたことが認められる。而して申立人は当時右物件の買受資金の全額を調達して自らこれを買受けたもので同人の固有財産である旨主張し、家裁調査官の調査報告書中の増田治郎、増田喜代子、水上一郎らの陳述記載、証人米山宏志の証言並びに同証人作成の証明書の記載、並びに申立人の供述中には、右主張に副う部分があるけれども、これらの資料によつては、いまだ申立人の主張を肯認するに足りず、他に右主張事実を認めるに足る証拠資料はない。右物件が申立人の固有財産でないことは、被相続人の生前同人によつて作成されたものと認められる松永家所有地調と題する書面には前記物件が記載されていないのにも拘らず、申立人が本件申立をするに当つてその申立書に添付した松永家財産調べと題する物件目録の中に右物件を自ら表示している事実からもこれを窺い知ることができる。而してこれと同時に被相続人和平が右物件の購入資金全額を自ら負担支弁したことを認めるに足る証拠もない。

ところで本件に顕われたすべての資料を検討すれば、被相続人和平は昭和七年三月二八日申立人あさと正式に婚姻したが、当時和平四六歳あさ三三であつて、和平はその当時は○○郡○○町所在の海軍燃料廠に海軍書記として勤務しており、あさは和平と婚姻する以前から小学校教員として勤務したものであり、夫婦の間には、昭和七年八月一七日四男相手方浩治が生まれ、次いで昭和九年四月一六日五男相手方春夫が、更に昭和一〇年一一月九日には六男相手方光夫がそれぞれ生まれたこと、ところで和平は昭和一五年三月三〇日五四歳で海軍書記を退官し、約二、八〇〇円の退職金を支給されるとともに文官恩給年金を支給されることとなつたこと、右山林を買受けた昭和一六年七月七日当時和平夫婦は福岡市○○に居を構えて、前述の子ら及び申立人とその先夫との間の長女喜代子とともに家庭生活を営んでいたことが認められる。以上の事実によれば、和平、あさ夫婦は和平が前記の通り退職するに至るまでは、いわゆる共稼ぎ夫婦として、当時互に協力扶助し合いながら生活していたもので、和平退職後も少くとも前記不動産を買受ける当時までは波瀾のない正常な夫婦親子の家庭生活を営んでいたものと認めるのが相当である。然らばその間に所有権を取得した財産である右山林は、たとえその購入資金が、夫婦の一方の収入などにより購入された場合であつても、それが実現できたのは、他方配偶者の寄与、貢献があつたことによるものと見るべきであり、従つて右山林が買受けられた後一旦和平の名義で所有権取得登記がなされたとしても、特段の事情の認められない本件においては、右物件に対する申立人あさの寄与分は二分の一であると見るべきであり、かくて右物件は両名の共有に属していたもので、その持分は各二分の一であつたものと認めるのが相当である。それ故右物件の共有持分二分の一があさの固有財産であり、同じくその共有持分の二分の一は、本件遺産に属するものとしなければならない。

次に問題となるのは、福岡県山門郡○○町大字○○字○○△△△△番△、畑一畝七歩である。登記簿謄本の記載によれば、右物件が被相続人松永和平の所有名義に登記されていることが認められる。然しながら昭和四四年一月二四日午前一〇時の本件第一回審問期日において、当事者全員は右物件が被相続人松永和平の生前同人から申立外松永利彦に売渡されたものであつて、本件遺産に属しないことを認めたのであつた。ところで相手方松永浩治は昭和四五年一〇月六日午後一時三五分の本件第一七回審問期日において、これと異なる主張をした上、その証拠資料として福岡県○○農林事務所長から福岡市長に宛てられた昭和四〇年八月二日附の印鑑証明書無料交付願についてと題する書面を提出援用したのであるが、右書面には福岡県と相手方松永利夫との間に昭和三九年二月二五日土地の売買契約が締結された旨の記載があるけれども、右書面に売買目的物件として表示された土地の地番は、○○△△△△の△△となつていて前記○○△△△△番△の土地のそれとは相違していることが認められ、右書面の記載によつて上記△△△△番△の土地が本件遺産に属することを肯定することはできない。かくて第一回審問期日において、当事者全員一致により右物件が本件遺産に属しないものと認められたことにはそれ相当の理由根拠があつたものと見るべきであるから、この事実を重要視し、右物件は和平の生前同人から申立外松永利彦に売渡されたものであつて、本件遺産に属しないものと認めるのが相当である。

更に問題となるのは、物件目録記載の五の物件である。相手方利夫は右物件はすでに、申立外池田麻男に売渡されたものであるから、本件遺産には属しない旨主張する。ところで申立外池田麻男との売買契約が締結された時期が本件相続開始以後に属することは、次に認定する通りであるから右物件が本件遺産に属することは明らかである。即ち記録編綴の売買契約証によれば、昭和二八年一月三〇日あさの代理人申立外増田治郎と申立外池田麻男との間に、同人が右物件を代金六万円で買受ける旨の契約が締結されたことが認められるけれども、右契約証によれば、右契約はあさと他の相続人との間において、あさが右土地の権利を単独で取得できることを条件としたものであつて、このことが実現しない場合には、右契約は解約されるものとする旨約されていることも認められるところであり、現にあさの単独所有であることが認められない以上、右売買契約は他の相続人に対しそ効のなきものというべきであり、従つて利夫の前記主張は到底採用することができない。

以上認定した事実並びにその他の資料を総合すれば、本件遺産に属するものと認めるべき不動産は結局別紙物件目録(第一表)記載の通りである。

以上の不動産の評価額について検討するのに、不動産鑑定士作成の鑑定評価書(追加分を含む)その他事実調査の結果によれば、右不動産の昭和四四年一〇月一〇日当時における価額は別紙価額表記載の通りであつて、その総価額は金二八四万六、〇〇〇円(M)の(ローマ字は別表の記号を示す。以下同じ)となることが認められる。もつとも右鑑定評価書によれば、物件目録記載の七の物件の地積は三六九平方米であることを前提として評価されているけれども、登記簿謄本、同抄本並びに家庭裁判所調査官の調査報告書の記載によれば、右物件の地積は三六三平方米(109.9坪)が正しいことが認められる。而して前記鑑定評価書により認められる平方米当り単価8,999.37円に右地積の数値を乗ずるときは、三二六万六、七七一円となるから、本件遺産に属する和平の持分二分の一の価額は一六三万三、〇〇〇円(岡本鑑定には本件不動産の評価につき一、〇〇〇円未満の数値はこれを四捨五入する方式が採用されていることが明らかであるから、ここでもこの方式に従う)となることは明らかである。よつて以上に認定した評価額を以て、分割審判時における不動産の価額として採用することとする。

(イ) 債権等について

記録編綴の福岡県○○○○労務管理事務所長作成に係る退職金受領証明書、福岡○○郵便局長作成に係る証明書、予定表と題する書面その他の資料を総合すれば、被相続人死亡による相続開始時である昭和二七年六月一〇日現在において別紙債権表(第三表)記載の通りの債権が存在し、本件遺産に帰属しいたことを認めることができる。その総額は金八万八、六四六円(N)である。

相手方利夫は、和平死亡当時同人が別に現金一万二、七〇〇円を所有していたから右金員も本件遺産に属する旨主張し、その根拠として同人が死亡前人事不省に陥つた後一度意識を回復した際、自分の財布がないというので、利夫が和平に対し財布の中に入れていた金額を問うたところ、同人は金一万二、七〇〇円であつたと答えた旨供述するけれども、右供述のみによつて和平が相手方利夫の主張する通りの金額の現金を所有していたものと認めるに足らず、他に右主張事実を肯認するに足る資料はない。然しながら和平が死亡当時若干の現金を所持していたことの否定し難いことは、前認定の事実から推認できるところであるがその額を確定することができないので、現金は遺産に計上しないことにする。(この点については後段において更に言及する)

(ウ) 債務について。

ここで問題となるのは、和平死亡の際における葬儀費用である。同人の葬儀については、申立人が喪主としてこれをとり行つたことが認められるところ、申立人はその費用として金七万三、五七〇円を要した旨主張するのに対し、相手方利夫はこれを争い、和平の葬儀費用は約金二万円程度で足りた旨主張する。而して申立人は葬儀費用額の証拠資料として、申立外株式会社○○社発行の領収証並びに葬儀費用明細書を提出援用した。ところで○○社発行の領収証は、被相続人の死後約一五年を経過した後に申立人の依頼により作成されたものであることが認められ、必ずしも被相続人死亡当時の費用額を如実に明らかにする資料であるとは認め難い。申立人提出に係る明細書も、書面の体裁、記載内容などから見て葬儀以後相当の期間が経過した後に作成されたものではないかとの疑を容れる余地があるのみならず、証人尋問の際における申立人の反対尋問の過程において明かにされたように、申立人は和平の死亡当時○○社により作成された領収証は鼠の排尿により汚損されて用をなさないようになつたと述べたこととの対比において、明細書として比較的よく整備保存されたと思われるような書面が提出されたことは如何にも不自然であつて前記の疑は一層深まるのである。かくて葬儀費用として申立人主張の通りの金員を要したものとは到底認め難い。このことは申立人が申立外吉田イトに宛てた書信の内容からも推察できるところである。而して申立入審問の結果から認めることができるように、和平の葬儀費用は、和平の生前同人によつて申立外吉田イト(和平の実姉)名義で預金されていた実質上は和平の権利に属する普通預金二万円、香典一万円及び申立人の手持現金の外、前段認定の事実により認めることのできる和平が死亡当時所持していた若干の手持現金等によつて賄われたものと認めるのが相当である。ところで申立人が自己の手持の現金を葬儀費用に支弁した分は、その額が明らかでない上死者の霊に対する愛惜の念により専ら人間的真情の発露としてなされたものと見るのが相当であり、かかる事情を考慮すればこれを喪主としての申立人の負担とするのが相当であるから、本件遺産の負担に帰する債務としてはこれを計上しないこととする。

(4) 特別受益について。

相手方松永浩治は、山門郡○○町大字○○字○○△△△△番△所在の畑八畝二三歩が、被相続人和平の生前同人から相手方安本高子に対し贈与された旨主張するけれども、右事実を肯認するに足る証拠資料はない。事実調査並びに証拠調の結果によれば、次の事実が認められる。即ち相手方安本高子は昭和一一年一二月一七日申立外安本隆生と正式に婚姻したが、被相続人和平はその頃から右安本隆生に右畑を耕作させることとしたところ、終戦後の農地改革に伴ない自作農創設特別措置法第一六条の規定により右農地が政府から申立外安本隆生に売渡され昭和二五年八月一一日福岡法務局瀬高出張所受付第四九三七号を以て同人のため所有権取得登記がなされたことが認められる。従つて右農地が和平の生前同人から相手方安本高子に贈与されたとする相手方浩治の主張は採用の限りでない。もつとも前記安本隆生が和平から右農地の耕作権を与えられることにより、間接に相手方安本高子が何らかの利益を得たものとも考えられるけれども、その利益の額を算定することはできないのみでなく、この利益は本件遺産分割につき相手方安本高子自身にとつていわゆる生計の資本として贈与されたものと考えることもできないので特別受益として特に計上しないこととする。

(5) 遺産管理の費用並びに遺産よりの収益について

遺産管理の費用並びに遺産よりの収益についてみるに、記録中の納税代理人設置届、納税証明書その他の資料によれば、別紙物件目録記載の五の田は、和平の生前同人より申立外池田寅一に対し、期限の定めなく年間の小作料産米一俵とする約で賃貸されたが、その一年後である昭和二六年四月頃、和平と寅一との間に前記小作料額の取り決めを変更し、寅一は和平に対する小作料の支払に代えて、和平が○○町○○内並び同村○○地区内において所有する土地に課せらるる固定資産税を、寅一において負担納入すべき旨の合意が成立し、同月三〇日和平、寅一両名の連署による届書を以て、○○町長(当時は○○村長)に対し納税代理人設置届が提出されたこと、物件目録一ないし四の農地はその課税標準額が何れも免税点以下であるため昭和二七年度以降現在に至るまで課税されず、同じく五、六の物件に対する固定資産税は昭和二七年度から昭和四〇年度までの間に池田寅一が代理人として年額一、〇六〇円ないし九二〇円を納入しその総額は金一万三、二三〇円となり、昭和四一年度以降は免税点が引上げられた結果、五及び六の物件に対しても課税されなくなつたこと、寅一は昭和四五年三月二二日死亡したことが認められる。申立人松永あさ、相手方安本高子、同松永浩治、同松永光夫は右田地につき昭和二七年度以降小作料年間産米一俵と定められた小作料債権が本件遺産に属するものと主張するけれども、右主張を全面的には採用し難いことは、前認定の事実から明らかである。もつとも昭和四一年度以降本件遺産に属する別紙物件目録一ないし六のすべての物件につき固定資産税が賦課されなくなつたことにより、さきに和平と上記池田寅一との間に、取り交わされた目録五の物件の小作料と年間米一俵とする旨の契約が、前記納税代理人に関する契約との関連において、改めてそのまま復活するものと解することは困難である。固定資産税が全く賦課せられなくなつた昭和四一年度以降に関する限り、右物件の小作料については、本件の相続人らと申立外池田寅一ないしその相続人との間に契約のない状態となつたものと解するのが相当であり、従つて昭和四一年以降の小作料については、協議の上新たに、契約を結ぶとか、またはその間の小作料相当額を不当利得として請求するとかの方法が講ぜられる必要があるであろう。而してこの点に関連し本件相続人相互間の債権債務の清算すべきものが生じた場合これが如何に処理されるべきかについては、後段において更に言及することとする。

次に物件目録六の物件については、申立外佐伯元一が昭和二二、三年頃被相続人和平から期限を定めないでこれを賃借し、地代は当初年間一、三二〇円、昭和二七年中より同じく一、五〇〇円と改訂され、昭和四〇年以降分については、前記佐伯と相手方安本高子との間において(同人にかかる行為をする権限があつたか否かの点はしばらく措く)年間二、〇〇〇円と改訂されたものであり、昭和二七年分以降の小作料は佐伯から相手方安本高子に対し支払われてきたことが認められる。

然しながら以上の遺産よりの収益並びに遺産の管理費用に関する調整清算は、遺産分割の審判事項に属しないものと解すべきであり、当事者がその清算を望むならば、不当利得などの法理に依拠して、遺産分割とは別個の手続により、その権利を行使すべきものといわなければならない。

(6) 具体的相続分について。

よつて具体的相続分について考えるのに本件遺産の総額は、不動産評価額二八四万六、〇〇〇円(M)のに債権の総額八万八、六四六円(N)を加算して計金二九三万四、六四六円(L)となるから相続人各自の具体的相続分は別紙計算表(第四表)に示す通り、右金二九三万四、六四六円(L)に各相続人の法定相続分(同表A欄一〜七項記載の数値)を乗じて得たB欄一〜七各項記載の数値となることは明らかである。

(7) 分割事情について。

遺産分割の基準として考慮すべき各相続人の職業その他の事情は次の通りである。

申立人松永あさ。明治三一年四月二二日生、大正四年から昭和三〇年までの間小学校教員として勤務、和平と結婚当時粕屋郡○○第一小学校に在職していたがその後福岡市○○小学校に転じ、更に同市○○小学校に転じた。

相手方安本高子。大正五年五月二日生、旧制○○高女卒、夫申立外安本隆生は果物などの問屋を営み、高子は果物野菜などの販売を手伝つている。

相手方松永利夫。大正六年一〇月四日生、旧制〇〇中学校卒、警察署勤務警察官。

相手方池田礼子。大正一三年二月一七日生、旧制○○女子師範卒、小学校教員。夫申立外池田進助はタクシー運転手。

以上高子以下三名は、和平とその先妻(昭和五年一二月一七日協議離婚)との間の長女、長男、及び二女である。

相手方松永浩治。昭和七年八月一七日生、新制○○○○高校卒、○○新聞社勤務。

相手方松永春夫。昭和九年四月一六日生、新制○○中学校卒、京都市所在の某○○会社勤務。相手方松永浩治は、相手方松永春夫が、義務教育を修了したにすぎず、他の相続人に比して従前被相続人から与えられたところの少い点を指摘して、遺産分割に当つてはこのことを考慮されるべきものであると主張した。

相手方松永光夫、昭和一〇年一一月九日生、新制○○○○高校卒、その後働きながら独力で○○大学短大夜間部卒、○○新聞社勤務。

以上の浩治以下三名は、和平と申立人との間に生れた四男、五男及び六男である。

相手方池田礼子を除くその余の相続人らは、本件遺産分割審判につきグループ別分割、個人別分割の何れの方法によるも可なる旨の意向を明らかにし、グループ別分割の方法による場合は、相続人らを二のグループに分けるものとし、相手方安本高子、同松永利夫、同池田礼子の三名を一のグループとし、申立人松永あさ、相手方松永浩治、同松永春夫、同松永光夫の四名を他の一のグループとして、本件遺産に属する物件を各グループに属するものの共有とする方法によることを望む旨述べた。

(8) 分割の方法について。

そこで本件遺産に属する物件の種類、数量、価額、各相続人の職業その他一切の事情(但し前五項において認定した事実を除く)を考慮して、本件遺産を次の通り分割することとする。

(ア) 物件目録(第一表)記載の一ないし四及び七(共有持分二分の一)の物件は、何れも申立人あさ、相手方浩治、同春夫、同光夫(以上の四名を以下単に第一グループという)の共有とし、その共有持分を申立人あさ六分の三、相手方浩治、同春夫、同光夫は各六分の一とする。

(イ) 物件目録(第一表)記載の五及び六の物件はこれを相手方高子、同利夫、同礼子(以上の三名を以下単に第二グループという)の共有とし、その共有持分は各三分の一とする。

(ウ) 別紙債権表(第三表)記載の各債権は何れもこれを第一グループに属する相続人らの取得とする。

以上の各債権を第一グループに属する相続人らの取得とするに当つて考慮された事情の中には、次の事実が一の事情として包含されていることを指摘しておかなければならない。即ち相続開始当時、申立人は被相続人和平と同居しており、従つて同人の権利に属していたこれらの債権に関する証書類等は、同人死亡後はあさの直接且つ現実の支配下におかれているものと見るべきであり、その後右各債権につき弁済期又は支払時期が到来して債権行使が可能となつた時期においてもかかる状況下にあつたものと見るのが相当である。現に和平が米軍基地キャンプ○○の労務者を退職したことによる退職手当は申立人あさに支払われた事実が認められ、また和平名義の普通預金二万円は申立人あさがこれを引出して葬儀費用にあてたことは申立人自らこれを認めているのである。以上の理由により前記各債権はこれを第一グループに属する相続人らの取得分とするのが相当である。

本件遺産を以上の通り分割するときは、以上二個のグループに割当てられた物件の価額相互間に、別紙計算表(第四表)E欄に示す通り約金四万八、七八四円の過不足額を生ずる結果となる。よつて右不均衡を是正し調整するための調整金の額を諸般の事情を参酌し一、〇〇〇円未満の金額はこれを切捨てることとして金四万八、〇〇〇円と定め、これを超過分の取得者となる第二グループに属する相続人らが、第一グループに属する相続らに対する債務として負担支払うべきものとする。

次に登記簿謄本の記載によれば、物件目録(第一表)記載の五及び六の物件については、昭和二七年八月二六日福岡法務局○○出張所受付第二〇五五号を以て、相続人全員の共有とし、その持分の割合は各自の法定相続分に等しいものとして所有権の登記がなされ、同じく七の物件については、同年九月一日福岡法務局受付第一六〇一〇号を以て、相続により、相続人全員の共有として各自の持分の割合は前同様として、所有権移転登記がなされていることが認められる。ところで七の物件(持分二分の一)については、本件遺産分割による申立人並びに相手方浩治、同春夫、同光夫ら(第一グループ)の取得持分の割合は前記(ア)の項に記載する通りであるが、右持分の割合は、同物件につき被相続人の共有持分としてさきに認定した持分二分の一についての割合であり、申立人あさはもともとその固有財産として、右物件につき二分の一の共有持分を有するものであるから、右土地全体についてみると、申立人あさの持分の割合は、となり、相手方浩治、同春夫、同光夫の各持分の割合はとなることは明らかである。

然るときは、各相続人は目録記載の五及び六の物件については、各自の持分がその各自の取得分として、前段(イ)において新たに定められたところに合致するように、また目録記載の七の物件については、各取得者の持分が今ここに示したところに合致するように相互に所有権移転の登記手続をなすべきものといわなければならない。

よつて結局主文第一項(1)乃至(6)の通り定めるべきものとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法第二七条を適用して主文の通り審判する。(川淵幸雄)

別紙<略>

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